待機児童ゼロ達成後の自治体における新たな課題:保育の質の維持と地域子育て支援機能の強化
待機児童ゼロ達成は通過点:新たなフェーズにおける自治体の役割
多くの自治体において、長年にわたり喫緊の課題であった待機児童問題は、国の「新子育て安心プラン」等の政策や各自治体の集中的な取り組みにより、一定の改善が見られています。一部の自治体では、統計上の待機児童数「ゼロ」を達成する状況に至っています。しかしながら、この待機児童ゼロ達成は、子育て支援施策全体の最終目標ではなく、新たな課題への取り組みが始まる通過点であると捉える必要があります。
待機児童問題の解消は、保育施設の供給量増加や利用調整の最適化といった側面での成果を示すものです。しかし、保育サービスの量的拡充が進むにつれて、保育の質の維持・向上や、保育施設を利用していない家庭を含めた地域全体の子育て支援機能の強化といった、より質的かつ包括的な課題が顕在化しています。これらの課題は、真に「子育てしやすいまち」を実現するために、自治体が戦略的に取り組むべき重要なテーマとなります。
待機児童ゼロ達成後の主な課題
待機児童ゼロを達成、あるいはそれに近い状況にある自治体が直面しやすい新たな課題として、主に以下の点が挙げられます。
1. 保育の質の維持・向上
- 急激な定員増に伴う保育士の負担増: 待機児童解消のために急ピッチで施設整備や定員拡充を進めた結果、十分な経験や研修機会がないまま現場に立つ保育士が増加したり、既存の保育士にしわ寄せが生じたりする可能性があります。
- 多様化する保育ニーズへの対応: 共働き家庭の長時間・多様な時間帯の保育ニーズ、医療的ケア児や障害児、外国籍児童など、特別な配慮が必要な児童への対応力が求められます。質の高いインクルーシブ保育の提供は容易ではありません。
- 施設の老朽化と質の維持: 短期間での施設整備は進んだものの、長期的な視点での施設の維持管理や改修、より快適で安全な保育環境へのアップデートが必要です。
- 質の評価と可視化: 保護者や地域住民に対し、提供されている保育の質についてどのように説明し、信頼を得るかという課題があります。質の評価指標の設定や情報公開の仕組みづくりが求められます。
2. 地域子育て支援機能の強化
- 潜在的な保育ニーズへの対応: 待機児童統計には表れない「隠れ待機児童」や、保育施設の利用には至らないものの、一時的な預かりや相談支援、交流の場を求めている家庭は依然として存在します。これらの潜在ニーズへの対応が重要です。
- 未就園児家庭への支援拡充: 保育施設を利用していない家庭、特に0歳から2歳頃までの未就園児を抱える家庭は、社会的に孤立しやすく、子育てに関する情報や支援にアクセスしにくい傾向があります。地域子育て支援拠点事業等の機能強化や、アウトリーチ型の支援が求められます。
- 地域全体での子育て支援: 保育施設だけでなく、幼稚園、認定こども園、地域子育て支援拠点、児童館、公園、医療機関、NPO等、多様な主体が連携し、地域全体で子育て家庭を支える仕組みづくりが必要です。
- 切れ目のない支援体制の構築: 妊娠期から出産、乳幼児期、学童期以降に至るまで、ライフステージに応じた切れ目のない支援を提供するための体制構築が課題となります。特に、保育施設卒園後の学童保育や地域との接続が重要です。
自治体における対応戦略とデータ活用の視点
これらの新たな課題に対し、自治体は以下のような戦略を検討することが有効です。
- 保育士確保・定着・研修の強化: 処遇改善に加えて、働きがいのある環境整備、キャリアアップ支援、研修機会の拡充を通じて、保育士の専門性向上と離職防止を図ります。
- 保育の質の指標化と評価システムの導入: 国の示す保育所保育指針の内容を踏まえつつ、自治体独自の質の評価基準を設定し、定期的な自己評価や第三者評価を実施することで、質の維持・向上に向けたPDCAサイクルを回します。評価結果の積極的な公開も検討します。
- 地域子育て支援拠点の機能強化と連携推進: 相談機能の充実、多様なプログラム提供、他の子育て関連機関(保育所、幼稚園、児童館、保健センター等)との連携強化により、地域における子育て支援のハブとしての役割を強化します。
- 多様な子育て支援事業の展開: 一時預かり事業、病児保育事業、送迎支援サービス、多胎児家庭支援、ひとり親家庭支援など、特定のニーズに対応した事業を拡充します。NPOや企業等との連携による多様なサービス提供も有効です。
- データに基づいたニーズ把握と施策評価: 待機児童数だけでなく、保育施設の入所希望倍率、入所保留理由の詳細分析、地域子育て支援拠点の利用状況、利用者アンケート、苦情相談件数、保育士の離職率など、多様なデータを継続的に収集・分析し、施策の効果測定や新たなニーズの把握に役立てます。例えば、特定の地域で地域子育て支援拠点の利用が少ない場合、その要因を分析し、アウトリーチ支援を強化するといった対応が考えられます。
- 住民参加による意見収集: 子育て家庭や地域住民、保育関係者などから、ワークショップやアンケートを通じて定期的に意見を収集し、施策立案に反映させるプロセスを構築します。
まとめ
待機児童ゼロの達成は、自治体のこれまでの努力の成果であり、高く評価されるべき目標です。しかし、それは子育て支援施策の最終到達点ではありません。次のフェーズにおいては、保育の質の維持・向上、そして地域における包括的な子育て支援体制の構築といった、より複雑で長期的な課題への取り組みが不可欠となります。
自治体職員の皆様におかれては、待機児童数といった分かりやすい指標だけでなく、提供する保育サービスの質、地域における多様な子育てニーズ、そしてそれらを支える地域資源の現状について、多角的な視点からデータを分析し、戦略的な施策立案と実行を進めていくことが求められます。真に全ての子育て家庭が安心して暮らせる地域社会の実現に向け、継続的な改善と発展を目指していくことが重要です。