待機児童対策におけるコスト分析と費用対効果:自治体職員のための政策評価視点
待機児童対策におけるコスト分析と費用対効果の重要性
待機児童問題の解消に向けた自治体の取り組みは多岐にわたり、それぞれの施策には相応のコストが発生します。限られた財源の中で、より効果的かつ効率的な政策を選択・実行するためには、単に待機児童数を減らすという成果指標だけでなく、それに要したコストとの関係性を定量的に把握し、費用対効果を評価する視点が不可欠です。
自治体職員の皆様が政策立案や予算編成を行う上で、この費用対効果分析の視点は、以下の点において特に重要となります。
- 政策の優先順位付け: 複数の対策案がある場合、それぞれの費用対効果を比較することで、最も効率的に成果を上げられる施策を特定しやすくなります。
- 予算配分の最適化: 投入したコストに対して得られる効果を分析することで、各施策への予算配分をより合理的に行うことが可能になります。
- 施策の改善・見直し: 実施中の施策について費用対効果を定期的に評価することで、課題を特定し、改善策を検討するための根拠とすることができます。
- 説明責任の履行: 住民や議会に対し、政策の有効性や税金の使途について、数値に基づいた客観的な説明を行う際の重要なデータとなります。
本稿では、待機児童対策に関連する主なコスト要素を整理し、費用対効果を評価するための基本的な考え方、および自治体における分析の活用方法について解説します。
待機児童対策に関連する主なコスト要素
待機児童対策として自治体が実施する施策は多岐にわたりますが、それに伴う主なコスト要素は以下のように分類できます。
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施設整備にかかるコスト:
- 保育所の新設・増改築にかかる建設費、設計費、用地取得費など。
- 既存施設の改修費(耐震化、老朽化対策、ICT化など)。
- 補助金や交付金の支出。
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運営にかかるコスト:
- 公立保育所の運営費(人件費、物件費、事業費など)。
- 私立保育所等への委託費、運営費補助金。
- 病児保育、一時預かり、延長保育などの多様な保育サービス提供にかかる費用。
- 利用調整や情報提供など、待機児童解消に向けた自治体窓口業務にかかる人件費やシステム維持費。
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人材確保・育成にかかるコスト:
- 保育士の採用・研修費用。
- 保育士等への処遇改善にかかる費用(補助金等)。
- 宿舎借り上げ支援などの福利厚生にかかる費用。
- 潜在保育士の掘り起こし、復職支援にかかる費用。
これらのコストは、初期投資としての性格を持つもの(施設整備費)と、継続的に発生するもの(運営費、人件費)に分類できます。費用対効果を分析する際には、これらのコストを適切に把握・分類し、評価対象となる期間を明確に設定することが重要です。
待機児童対策における費用対効果評価の基本的な考え方
費用対効果分析は、投入したコスト(費用)に対して、得られた成果(効果)がどれだけ大きいかを評価する手法です。待機児童対策においては、「効果」をどのように定義し、測定するかが重要な論点となります。
考えられる「効果」の例としては、以下のようなものがあります。
- 直接的な効果:
- 解消された待機児童数。
- 増加した保育定員数。
- 特定のニーズ(0歳児、障害児など)に対応可能となった定員数。
- 間接的な効果:
- 保護者の就業継続・促進による所得増加や地域経済への寄与。
- 出生率への影響(子育てしやすい環境整備として)。
- 地域における子育て世帯の定着・転入促進。
- 保護者の育児負担軽減による心理的効果(測定は困難)。
費用対効果分析では、これらの効果を可能な限り定量的に捉え、投入コストとの比率や、コストあたりの効果量などを算出します。例えば、「待機児童1人あたりの解消にかかったコスト」や、「保育定員1人あたりの増加にかかった初期投資コスト」などが分析指標として考えられます。
また、費用対効果分析には、費用便益分析(CBA: Cost-Benefit Analysis)や費用効果分析(CEA: Cost-Effectiveness Analysis)といった手法があります。
- 費用便益分析(CBA): コストと効果(便益)の両方を金額に換算して比較する手法です。例えば、保育施策による保護者の就労所得増加分を便益として金額換算し、施策コストと比較します。経済全体の視点からの評価に適していますが、効果を金額換算することが困難な場合も多いです。
- 費用効果分析(CEA): コストは金額で評価し、効果は非金額的な単位(例:解消された待機児童数、増加した定員数)で評価する手法です。「1単位の効果を得るためにいくらのコストがかかったか」を比較します。複数の施策を比較する際に、同じ目的(待機児童解消など)を持つ施策間の効率性を評価するのに適しています。
待機児童対策においては、効果を金額に換算することが難しい場合が多いため、費用効果分析(CEA)がより実用的であると考えられます。重要なのは、分析の目的や対象とする施策に応じて、適切な「効果」の指標を設定し、一貫性のある基準で評価を行うことです。
自治体における費用対効果分析の活用と実践上の留意点
自治体職員の皆様が費用対効果分析を実践する上では、以下の点に留意しながら活用することが推奨されます。
- 分析対象と目的の明確化: どのような施策について、何を知るために分析を行うのかを明確にします。例えば、「施設整備と運営費補助、どちらがより効率的に待機児童を解消できるか」といった比較検討の目的を設定します。
- コストと効果の正確な把握: 関連する全てのコスト要素を漏れなく把握し、可能な限り正確な数値を算定します。効果についても、国の統計データや自治体独自の調査結果などを活用し、客観的な指標を設定します。
- 分析期間の設定: 初期投資の効果が現れるまでには時間がかかるため、評価対象とする期間を適切に設定します。例えば、施設整備であれば建設期間に加え、効果が持続するであろう期間(数年〜十数年)を考慮します。
- 他自治体事例の参照: 待機児童対策において費用対効果を意識した取り組みを行っている他自治体の事例を参照することも有効です。どのような指標を用い、どのような分析結果を政策決定に活かしているのかなどを参考にすることで、自自治体での分析手法を検討する際のヒントが得られます。例えば、PFS(成果連動型民間委託契約方式)など、成果指標とコストを連動させるような新しい取り組みも参考になる可能性があります。
- 限界の認識: 費用対効果分析は重要な意思決定ツールですが、それが全てではありません。保育の質、地域の実情、住民ニーズ、公平性など、数値化しにくい要素も政策決定においては考慮が必要です。分析結果はあくまで一つの判断材料として位置づけることが重要です。
近年、国のこども・子育て支援政策においても、EBPM(証拠に基づく政策立案)の推進が図られています。待機児童対策における費用対効果分析も、EBPMを実践するための重要な要素の一つと言えます。継続的なデータ収集・分析体制を構築し、政策サイクルの中に費用対効果評価の視点を組み込むことが、より効果的で持続可能な待機児童対策の実現に繋がります。
まとめ
待機児童問題への対策は、自治体にとって喫緊の課題であり、多額の公費が投入されています。限られた財源を最大限に活かし、住民に対して説明責任を果たすためには、実施する施策の費用対効果を客観的に評価することが不可欠です。
本稿では、待機児童対策にかかるコスト要素と、費用対効果分析の基本的な考え方、そして自治体における実践上の留意点について解説しました。費用効果分析(CEA)を中心に、解消された待機児童数や増加した定員数といった客観的な指標を用いて、施策の効率性を評価することが、より効果的な政策立案・実行に繋がるものと考えられます。
費用対効果分析は万能ではありませんが、データに基づいた合理的な意思決定を支援する強力なツールとなります。自治体職員の皆様には、この視点を日常業務に取り入れ、継続的な分析と評価を通じて、地域の待機児童問題解消に向けた取り組みをさらに深化させていくことが期待されます。