都市計画・建築基準が保育施設設置にもたらす課題:待機児童解消に向けた自治体の視点
はじめに
待機児童問題の解消には、保育の受け皿となる施設の整備が不可欠です。しかし、新たな保育施設を設置する際には、都市計画法や建築基準法に基づく様々な規制が障壁となるケースが少なくありません。特に、ニーズの高い都市部や駅周辺など、土地利用が高度化・多様化している地域では、これらの法規制が施設整備の進行を遅らせたり、計画そのものを困難にしたりする要因となり得ます。
自治体の子育て支援担当部署においては、待機児童解消という目標達成のため、保育施設整備を推進する上で、都市計画や建築基準に関する課題を正確に把握し、関係部署(都市計画課、建築指導課など)との連携を強化することが求められます。本稿では、都市計画・建築基準が保育施設設置にもたらす主な課題と、待機児童解消に向けた自治体の対応の視点について解説します。
保育施設設置における都市計画・建築基準の主な課題
保育施設の設置を検討する際に直面する可能性のある都市計画・建築基準に関する主な課題は以下の通りです。
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用途地域による制限: 都市計画法に基づき定められる用途地域によっては、保育施設(児童福祉施設)の設置が制限される場合があります。例えば、第一種低層住居専用地域では、原則として保育所や認定こども園などの設置が可能ですが、延床面積の制限が設けられている場合があります(※自治体の条例による)。また、工業専用地域など、子育て環境として不適切と判断される用途地域では、そもそも設置が認められていません。ニーズの高いエリアであっても、用途地域によっては大規模な施設整備が困難であったり、全く設置できなかったりする制約が生じます。
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建蔽率・容積率制限: 建築基準法により、敷地面積に対する建築面積(建蔽率)および延床面積(容積率)の上限が定められています。特に都市部ではこれらの制限が厳しい地域が多く、十分な保育室や遊戯室、事務室などを確保しようとすると、必要な延床面積を確保できる敷地を見つけることが難しくなります。また、園庭の設置義務や推奨基準(建築基準法第35条の規定に基づく自治体条例等)を満たすために、敷地内の建築可能な範囲がさらに制約されることも課題です。
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日影規制・高さ制限・北側斜線制限: 周辺住民の生活環境を保護するため、建築物の高さや日影を生じさせる範囲に制限が設けられています。保育施設は、園庭への日当たり確保や、子供たちの育成環境として良好な採光・通風が求められるため、これらの規制が設計上の大きな制約となります。特に都市部で比較的規模の大きな施設を計画する場合、建物の形状や配置を工夫する必要が生じ、計画の自由度が低下します。
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接道義務: 建築基準法に基づき、建築物の敷地は原則として建築基準法上の道路に2メートル以上接している必要があります。これは避難経路の確保や緊急車両の通行のために重要な基準ですが、特に既存建物を活用する場合や、狭小地・変形地を利用する場合に、この接道義務を満たすことが困難となるケースがあります。
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その他: 上記の主要な規制のほか、各自治体の条例(例:駐車場附置義務条例)、地区計画、景観条例なども保育施設設置に影響を与える可能性があります。また、既存建物の改修・転用の場合には、現在の建築基準法に適合させるための改修コストや技術的な課題が生じることもあります。
待機児童解消に向けた自治体の対応の視点
これらの都市計画・建築基準に関する課題に対し、待機児童解消を推進する自治体は、以下のような視点から対応を検討することが重要です。
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都市計画部門・建築指導部門との連携強化: 保育施設整備を計画する際には、早期段階から都市計画部門および建築指導部門と密接に連携することが不可欠です。候補地の用途地域、建蔽率・容積率、日影規制などの情報を事前に共有し、実現可能性の高い計画を立てるためのアドバイスを得ることで、無駄な手続きや計画変更を減らすことができます。また、規制緩和の検討が必要な場合にも、関係部署との連携体制が重要となります。
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規制緩和の可能性の検討: 国の基準を踏まえつつ、自治体の条例で定められている基準について、待機児童解消の緊急度に応じて緩和の可能性を検討することも一つの方法です。例えば、特定用途地域における延床面積制限の緩和、建蔽率・容積率の割増し(一定条件下)、園庭面積基準の緩和(代替措置と組み合わせるなど)などが考えられます。ただし、周辺環境への影響も考慮し、慎重な検討が必要です。
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土地活用における都市計画との連携: 自治体が所有する土地や、都市計画上の遊休地・低未利用地の活用を検討する際に、都市計画部門と連携し、保育施設設置に適した土地を優先的に候補とすることも有効です。駅周辺の商業地域や近隣商業地域など、用途地域としては設置可能でも、建蔽率・容積率が高く土地価格も高額になりがちなエリアにおいて、公共施設用地の一部活用や、複数の機能を併設する複合施設の開発計画に保育施設を組み込むといった視点も重要です。
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民間事業者・社会福祉法人等への情報提供とサポート: 保育施設整備を担う民間事業者や社会福祉法人等に対し、各地域の都市計画規制や建築基準に関する最新かつ詳細な情報を提供することが重要です。また、計画初期段階での建築指導課への相談を促し、専門家からのアドバイスを受けやすい環境を整備することも、円滑な施設整備につながります。
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既存ストック活用の促進: 新たな土地の取得や新築が困難な場合、既存の建物(ビルの一部、学校跡地など)を保育施設に改修・転用することも有効な手段です。この場合、建築基準法における用途変更に伴う確認申請や、既存不適格建築物の改修に関する基準への適合が課題となります。建築指導部門と連携し、既存ストックの活用を促進するための情報提供や技術的サポートを行うことも自治体の役割です。
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補助金制度等によるコスト増への対応: 都市計画・建築基準への適合のために、設計や工事に追加の費用が発生する場合があります。これらのコスト増に対し、自治体の補助金制度を設計段階から考慮し、事業者の負担を軽減することも施設整備を後押しする要因となります。
課題と展望
都市計画や建築基準は、良好な市街地環境の形成や建築物の安全確保のために不可欠な法規であり、無条件な規制緩和は公共の利益に反する可能性があります。そのため、待機児童解消という緊急の課題と、都市計画・建築基準が担う役割とのバランスをどのように取るかが重要な課題となります。
今後も保育ニーズは多様化することが予測されるため、従来の画一的な基準だけでなく、地域の実情や多様な保育サービスの形態(例:居宅訪問型、小規模保育など)に合わせた柔軟な対応が求められます。都市計画部門、建築指導部門、子育て支援部門など、関係部署間の壁を越えた緊密な連携と、規制の目的を踏まえた上での現実的な解決策の模索が、待機児童問題のさらなる解消に向けた施設整備戦略において鍵となるでしょう。
まとめ
待機児童対策としての保育施設整備は、単純な箱物行政ではなく、都市計画や建築基準といった専門分野の理解と、関係部署との連携が不可欠な取り組みです。自治体職員の皆様におかれましては、これらの法規制が施設整備にもたらす具体的な課題を認識し、都市計画部門や建築指導部門と連携しながら、規制への対応策、緩和の可能性、既存ストック活用、情報提供・サポート体制の構築といった多角的な視点から、より実効性のある施設整備戦略を立案・実行していくことが期待されます。