待機児童問題を知る

医療的ケア児・障害児の保育受け入れ:自治体における現状分析と受入促進策

Tags: 医療的ケア児, 障害児, 保育, 自治体施策, 地域課題, 特別支援

はじめに:新たな保育ニーズへの対応

待機児童問題は、保育施設の量的拡充や多様な保育サービスの提供により、一定の改善が見られる地域もあります。しかしながら、全ての児童がその特性に応じた適切な保育機会を得られているかというと、新たな課題も顕在化しています。中でも、特定の医療的ケアを必要とする児童や、障害のある児童の保育施設における受け入れは、自治体にとって喫緊の課題の一つです。

本稿では、医療的ケア児や障害児の保育施設における受け入れの現状を分析し、自治体が直面している課題、国の施策動向、そして受入促進のために自治体が取りうる具体的な施策の方向性について解説いたします。これらの情報は、自治体職員の皆様が、地域における特別な支援を必要とする児童の保育環境整備に向けた施策を立案・推進する上で参考となることを目指します。

医療的ケア児・障害児の保育ニーズと現状

医療的ケア児とは、人工呼吸器を装着している、痰の吸引が必要であるなど、日常的に医療的なケアを必要とする児童を指します。「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」において定義され、その支援体制の構築が国の責務とされています。また、障害のある児童についても、障害の種類や程度に応じた専門的な支援や配慮が保育施設において求められます。

これらの児童の保護者は、子育てと同時に医療的ケアや専門的な支援を行う必要があり、就労や社会参加に大きな制約を受ける場合があります。安心して子供を預けられる保育施設は、保護者の負担軽減と児童の健やかな成長にとって不可欠です。

しかしながら、保育施設における医療的ケア児・障害児の受け入れは、全国的に見ると十分とは言えない現状があります。厚生労働省の調査等によれば、受け入れ可能な施設が限られている、あるいは受け入れ施設であっても、受け入れられる児童数やケア内容に制限があるなどの課題が報告されています。

受け入れが進まない背景にある課題

保育施設における医療的ケア児・障害児の受け入れが進まない背景には、複数の要因が存在します。

  1. 専門性を持つ人材の不足:
    • 医療的ケア児を受け入れるためには、痰の吸引や経管栄養等の医療行為に対応できる看護師等の配置が不可欠です。しかし、保育施設で働く看護師は絶対数が少なく、確保が困難な状況です。
    • 障害児の多様なニーズに対応するためには、保育士の専門知識やスキル、経験が求められますが、十分な研修機会や専門性を高めるための体制が不足している場合があります。
  2. 人員配置基準と加配の課題:
    • 現行の保育施設における人員配置基準は、医療的ケアや特別な支援を必要とする児童の受け入れを前提としたものになっていません。
    • 障害児等を受け入れる際の加配措置はありますが、自治体によっては十分な加配が行えない、あるいは加配人員の専門性が必ずしも保証されていないといった課題があります。
  3. 施設側の体制と連携の課題:
    • 医療的ケアを行うための設備やスペースの確保が必要です。
    • 保育施設と医療機関、あるいは特別支援学校や放課後等デイサービス等の関係機関との円滑な連携体制の構築が不可欠ですが、多機関連携には調整や合意形成に時間と労力がかかる場合があります。
    • 他の児童の安全確保への配慮や、保護者間の理解促進も重要な課題です。
  4. 財政的な課題:
    • 看護師等の専門職の配置や、特別な設備投資には追加的なコストが発生します。自治体独自の補助制度の設計・維持には財源確保が必要です。

国の施策動向と自治体への示唆

国は、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」に基づき、医療的ケア児支援に関する基本方針を定め、支援体制の整備を推進しています。保育所等における医療的ケアの実施に関するガイドライン等も示されており、保育施設における看護師配置に係る財政支援等も行われています。

また、障害児支援に関しては、「障害児通所支援」として児童発達支援や放課後等デイサービスなどが提供されており、障害のある児童の成長段階や特性に応じた専門的な支援が図られています。保育施設とこれらの障害児通所支援事業所との連携を強化することも、児童への一貫した支援を提供するために重要です。

これらの国の施策動向を踏まえ、自治体は地域の実情に応じた具体的な支援策を講じる必要があります。

自治体における受入促進策の方向性

自治体が医療的ケア児・障害児の保育施設における受け入れを促進するために講じうる施策は多岐にわたります。

  1. 専門職の確保と配置支援:
    • 保育施設に看護師を配置するための自治体独自の補助金制度や、看護師の人材バンクの設置などが考えられます。
    • 障害児対応に専門性を持つ保育士を育成するための研修プログラムの開発・提供、あるいは専門性を評価する仕組みの導入も有効です。
    • 理学療法士や作業療法士などの専門職を巡回支援員として配置し、施設へのアドバイスや研修を行うことも検討できます。
  2. 人員配置基準の見直し・加配の拡充:
    • 国基準に上乗せする形で、医療的ケア児や重度心身障害児を受け入れる施設に対する手厚い人員加配基準を設けることが重要です。
    • 加配される人員の専門性を確保するための要件設定や、必要な専門知識・スキルを持つ人材を確保するための支援が必要です。
  3. 多機関連携の強化:
    • 保育施設、医療機関、福祉事業所、教育機関などが参加する協議会やネットワークを構築し、情報共有やケース検討を行う場を設けることが有効です。
    • コーディネーターを配置し、関係機関間の連携を円滑に進める役割を担わせることも検討できます。
  4. 施設への財政的・技術的支援:
    • 医療的ケアに必要な設備(吸引器、モニター等)の購入や改修費用に対する補助制度を設けることが考えられます。
    • 施設管理者や保育士に対し、医療的ケアや障害に関する基本的な知識、緊急時の対応、関係機関との連携方法等に関する研修機会を提供することが重要です。
  5. 情報提供と相談支援体制の充実:
    • 医療的ケア児や障害児を受け入れている施設に関する情報を分かりやすく保護者に提供する仕組みが必要です。
    • 専門の相談員を配置し、個別の状況に応じた施設選びや申請手続き、利用できる支援サービスに関する相談に対応できる体制を整備することが求められます。
    • 利用調整においては、個別のケアニーズや家庭の状況を丁寧に把握し、適切な施設へのマッチングを支援する仕組みが必要です。

まとめと今後の展望

医療的ケア児や障害児の保育施設における受け入れ促進は、待機児童問題の解消という量的側面に加え、保育サービスの質と多様性を確保するという側面から、非常に重要な課題です。これは、単に特定の児童が保育施設を利用できるようにするというだけでなく、共生社会の実現に向けた基礎となる取り組みでもあります。

自治体職員の皆様には、地域における医療的ケア児や障害児の実態を正確に把握し、国や関係機関と連携しながら、専門職の確保・育成、人員配置の適正化、多機関連携の強化、施設への支援、そして保護者への丁寧な情報提供・相談支援体制の構築といった多角的なアプローチを進めていただくことが期待されます。

これらの取り組みを通じて、全ての子供たちがその個性やニーズに応じた適切な保育機会を得られる地域社会の実現を目指していくことが重要です。