保育士の処遇改善策が待機児童対策にもたらす効果:自治体職員のためのデータ分析と政策評価
はじめに
待機児童問題の解消に向けた取り組みは、保育の受け皿拡大、すなわち保育施設数の増加と保育士の確保が両輪となります。特に保育士の確保は喫緊の課題であり、その解決策の一つとして保育士の処遇改善が議論され、国の施策としても推進されてきました。本稿では、保育士の処遇改善策が待機児童対策にどのような効果をもたらしうるのかについて、データ分析と政策評価の視点から解説し、自治体における施策立案の一助とすることを目的とします。
保育士の処遇改善策と人材確保
国は、保育士の専門性の向上や離職防止、新たな人材確保を目的として、保育士の給与水準の引き上げに向けた処遇改善等加算などの施策を実施しています。これらの施策は、保育士の労働環境を改善し、職業としての魅力を高めることを目指しています。
保育士の処遇が改善されることは、以下のような効果を通じて人材確保に寄与する可能性が考えられます。
- 離職率の低下: 賃金や労働条件への不満が解消されることで、現職の保育士の離職を抑制する効果が期待できます。
- 新規採用の促進: 保育士資格を持つものの現在保育現場で働いていない「潜在保育士」や、これから保育士を目指す方々にとって、魅力的な職業となり、採用活動が有利に進む可能性が高まります。
- 質の向上と安定: 経験豊富な保育士の定着は、保育の質の維持・向上につながり、結果として保護者の安心感や施設の評判を高め、安定した運営に貢献します。
処遇改善が待機児童対策にもたらす直接的・間接的効果
保育士の処遇改善による人材確保の進展は、直接的および間接的に待機児童対策に影響を与えます。
- 直接的効果:
- 定員充足率の向上: 保育士の配置基準を満たせないために生じる「空き定員」の解消につながり、既存施設の受け入れ児童数を増加させることが可能になります。
- 新規開設施設の円滑な運営: 新規に保育施設を整備する際、必要な保育士を計画通りに確保できるようになり、施設の立ち上げや運営がスムーズになります。
- 間接的効果:
- 多様な保育ニーズへの対応: 保育士数の増加により、長時間保育、休日保育、病児・病後児保育、医療的ケア児保育など、多様化する保育ニーズに対応できる体制を構築しやすくなります。これにより、特定のニーズを持つ家庭における待機児童を解消する一助となります。
- 保育士確保競争の緩和: 広域的な視点で見ると、処遇改善による全体的な保育士数の増加は、自治体間や施設種別間での保育士確保競争を緩和する効果も期待できます。
データ分析と政策評価の視点
自治体職員としては、自地域における処遇改善策の効果を客観的に評価し、今後の施策に活かす視点が重要です。評価には以下のようなデータが有効と考えられます。
- 保育士の採用状況・離職率の推移: 処遇改善策導入前後で、自地域の保育施設の保育士採用数、応募者数、離職率がどのように変化したか。
- 有効求人倍率: ハローワークのデータ等から、保育士職種の有効求人倍率の推移を把握し、他職種や近隣自治体と比較する。
- 空き定員の状況: 定員を満たせていない保育施設の数や定員数を継続的に把握し、保育士確保状況との関連を分析する。
- 処遇改善等加算の活用状況: 自地域の保育施設における処遇改善等加算の申請状況、活用状況、保育士一人当たりの賃金上昇額などを把握する。
- 保育士へのヒアリングやアンケート: 処遇改善策が保育士の就労意欲、継続意向、働きがい等にどのような影響を与えているか、定性的な情報を収集する。
これらのデータを複合的に分析することで、処遇改善策が自地域の保育士確保にどの程度貢献しているか、そしてそれが待機児童の解消にどのようにつながっているかを評価できます。例えば、処遇改善が進んでいるにもかかわらず離職率が高い場合、賃金以外の要因(人間関係、労働時間、業務負担等)に課題がある可能性が示唆され、それに対応した別の施策が必要となるかもしれません。
課題と展望
処遇改善策は保育士確保の重要な柱ですが、それだけで待機児童問題が完全に解消されるわけではありません。賃金以外の労働条件の改善(ICT化による業務効率化、事務負担軽減)、キャリアパスの明確化、研修機会の充実なども合わせて推進する必要があります。
また、地域によっては保育士養成機関が少なく、そもそも新規供給が限られている場合もあります。その場合は、県や近隣自治体との連携による養成機能の強化や、地域外からの移住支援なども視野に入れる必要があるかもしれません。
まとめ
保育士の処遇改善は、保育士確保を通じて待機児童問題の解消に貢献する重要な施策です。自治体としては、国の施策と連携しつつ、自地域のデータに基づき処遇改善策の効果を継続的に評価することが求められます。そして、その評価結果を踏まえ、賃金だけでなく労働条件、キャリア支援なども含めた総合的な保育士確保・定着策を立案・実施していくことが、持続可能な保育サービス提供体制の構築につながり、結果として待機児童問題の更なる解消に寄与するものと考えられます。