待機児童問題の周辺にあるニーズ:保育施設を利用しない・できない家庭への自治体支援策
はじめに:待機児童問題の次のフェーズにおける課題
近年、政府や各自治体の取り組みにより、保育施設への入所を希望しながらも利用できない「待機児童」の数は減少傾向にあります。しかしながら、この統計上の待機児童数だけでは捕捉できない、多様な保育ニーズや子育て支援ニーズが存在します。特に、様々な理由から保育施設を利用しない、あるいはしたくてもできない家庭への支援は、待機児童問題の解消後や、統計には現れない潜在的ニーズに対応する上で、自治体における重要な課題の一つとなっています。
本稿では、統計上の待機児童ではないものの、保育施設を利用しない・できない家庭が抱えるニーズの実態を分析し、それに対する自治体の役割と具体的な支援策について考察します。自治体職員の皆様が、地域の実情に応じた子育て支援施策を検討される一助となれば幸いです。
保育施設を利用しない・できない家庭の現状とニーズ
保育施設を利用しない・できない家庭には、様々な背景があります。
- 利用を断念した家庭: 待機児童になった経験から利用を諦めた、あるいは保育施設の基準(開所時間、保育内容、利用料金など)が自身の働き方や家庭状況に合わないため、利用を断念したケースです。
- 利用を希望しているが申込に至らない家庭: 情報不足、手続きの煩雑さ、特定の支援が必要な子ども(医療的ケア児、障害児など)の受入先が限られているといった理由で、申し込みを躊躇しているケースです。
- 保育以外の支援を必要とする家庭: フルタイム就労を希望しない、あるいは在宅での子育てを選択しているものの、一時的な預かり、育児相談、保護者同士の交流、孤立防止のための情報提供などを必要としているケースです。
- 潜在的な困難を抱える家庭: 経済的な課題、保護者の健康問題、子育てに関する不安などから、支援を必要としているにも関わらず、公的なサービスにアクセスできていないケースです。
これらの家庭のニーズは多岐にわたり、単に保育施設の「量」を増やすだけでは解決できません。一時的な預かり、送迎付きのサービス、特定のニーズに特化したプログラム、アウトリーチ型の相談支援など、きめ細やかな対応が求められます。
自治体におけるニーズの実態把握
これらの「見えにくい」ニーズを把握するためには、統計データに加え、様々な手法を組み合わせる必要があります。
- 窓口相談データの分析: 子育て支援課、子ども家庭支援センター、保健センターなどの相談窓口に寄せられた相談内容や属性を分析することで、どのようなニーズが多いのか、どのような層が支援に繋がりにくいのかといった傾向を掴むことができます。
- 地域子育て支援拠点の活用: 地域子育て支援拠点は、未就園児とその保護者が日常的に集まる場であり、そこで生まれるニーズや課題に関する情報は非常に重要です。拠点スタッフからの定期的な報告や情報交換を通じて、生の声や地域特性に応じたニーズを把握します。
- アンケート調査: 特定の対象者(例:保育施設に申し込まなかった家庭、過去に待機児童になった家庭、乳幼児健診受診者など)を対象としたニーズ調査を実施することで、量的なデータを収集します。調査項目を工夫することで、サービスの認知度、利用意向、必要としている支援内容などを具体的に把握できます。
- アウトリーチ活動: 保健師や子ども家庭支援員などによる家庭訪問や、地域のイベント等での声かけを通じて、支援を必要としている家庭を発見し、ニーズを把握するとともに、適切なサービスに繋げます。
これらの方法で得られた情報を集約・分析し、地域における潜在的な子育て支援ニーズの全体像を可視化することが、効果的な施策立案の第一歩となります。
保育施設を利用しない・できない家庭への自治体支援策
把握したニーズに基づき、自治体は以下のような多様な支援策を検討・強化することが可能です。
1. 多様な一時預かりサービスの拡充
急な用事やリフレッシュ目的など、短時間・一時的な預かりニーズは非常に高いものの、現在の提供体制では十分でない場合があります。 * 提供主体の多様化: 認可保育所における一時預かり事業に加え、認定こども園、地域型保育事業、さらにはNPO、社会福祉法人、企業などが実施する一時預かり事業を促進します。 * 利用要件・時間の柔軟化: 就労要件を問わない一時預かり、夜間や休日の一時預かりなど、多様な働き方や家庭状況に対応できるサービスを増やします。 * アクセス向上: 予約システムのオンライン化、複数の施設での利用を可能にする仕組みづくり、情報提供の強化を行います。
2. 地域子育て支援機能の強化
地域子育て支援拠点をはじめとする地域における子育て支援の場は、保育施設を利用しない家庭にとって重要なセーフティネット機能、交流・情報交換機能、相談機能を提供します。 * 拠点の機能拡充: 育児相談、講座開催、専門家(保健師、心理士など)による相談日設置、一時預かり機能の併設などを検討します。 * 地域資源との連携: 地域住民、ボランティア団体、NPO、企業などが持つ資源(空きスペース、人材など)を活用した、小規模な集いの場や見守り活動を支援します。高齢者や子育て経験者が活躍できる機会を設けることも有効です。 * アウトリーチ強化: 拠点スタッフや専門職が地域に出向き、孤立しがちな家庭に働きかけるアウトリーチ型の支援を強化します。
3. 情報提供と相談支援体制の強化
必要な情報が届いていない、どこに相談してよいか分からないといった状況を解消するため、積極的な情報提供と相談しやすい体制づくりが必要です。 * 子育て情報の一元化と発信: 子育て支援に関するあらゆる情報を分かりやすくまとめ、ウェブサイト、アプリ、広報誌、SNSなど多様な媒体で発信します。特に、保育施設以外のサービスに関する情報が重要です。 * プッシュ型情報提供: 転入者や乳幼児健診対象者などに対し、個別の状況に応じた情報を積極的に提供します。 * 相談窓口の機能強化: 子育て世代包括支援センターを中心に、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない相談支援体制を整備します。オンライン相談や夜間相談の導入も検討します。
4. 特定のニーズへの対応強化
医療的ケア児や障害児、ひとり親家庭、多胎児家庭など、特定の支援を必要とする家庭への対応力を高めます。 * 専門機関との連携: 医療機関、療育機関、障害福祉サービス事業所などとの連携を密にし、情報共有や合同相談、ケース会議などを実施します。 * 専門知識を持つ人材の育成・配置: これらのニーズに対応できる専門知識を持った保育士や支援員を育成し、適切な機関に配置します。 * 居宅訪問型支援の活用: 自宅での保育や支援が必要なケースに対し、居宅訪問型保育や専門職による訪問支援などを活用します。
他自治体の事例に学ぶ
待機児童ゼロを達成した一部の自治体では、すでに次なる課題として、多様な子育て支援ニーズへの対応に力を入れています。例えば、以下のような取り組みが見られます。
- 保育施設の空き定員を一時預かりに活用する制度の拡充。
- 地域子育て支援拠点と保育施設が連携し、未就園児が保育施設の行事に参加できる機会を設ける。
- AIを活用した情報提供システムにより、個別のニーズに合わせた子育て情報をタイムリーに提供する。
- 多胎児家庭や医療的ケア児家庭に特化した相談窓口や訪問支援チームを設置する。
- NPOや地域住民が運営する小規模な居場所づくりや交流イベントへの助成・支援を強化する。
これらの事例は、地域の状況や財政状況によって実施の可否は異なりますが、自地域における施策検討のヒントとなり得ます。
課題と展望
保育施設を利用しない・できない家庭への支援を推進する上での課題としては、以下が挙げられます。
- ニーズの可視化の難しさ: 表面化しにくいニーズをどのように正確に把握し続けるか。
- 多機関連携の強化: 保育、保健、医療、福祉、地域住民など、多様な主体間の連携をいかに円滑に進めるか。
- 支援の質の確保と評価: 提供する支援の質をどのように維持・向上させ、その効果をどのように測定・評価するか。
- 財源の確保: 多様なニーズに対応するための新たなサービスや人材育成にかかるコストをどのように確保するか。
今後は、これらの課題に対し、データに基づいた効果検証を行いながら、中長期的な視点で持続可能な子育て支援体制を構築していくことが求められます。待機児童対策で培ったノウハウやネットワークを活かし、地域全体で子育てを支える仕組みづくりを進めることが重要です。
まとめ
待機児童問題の解消は重要な目標ですが、子育て家庭が抱える課題はそれだけではありません。保育施設を利用しない・できない家庭が地域から孤立することなく、必要な支援を受けられる環境を整備することは、全ての子どもの健やかな育ちと、保護者の安心に繋がります。
自治体職員の皆様におかれましては、統計データのみにとらわれず、地域における多様なニーズの実態把握に努め、既存の地域資源を最大限に活用しつつ、多機関連携による重層的な支援体制の構築に向けた取り組みを進めていただくことを期待いたします。これは、待機児童問題のその先にある、より包括的な子育て支援の実現に向けた重要なステップとなります。