多様な働き方に対応する保育サービスの柔軟化:自治体におけるニーズ把握と提供体制構築
はじめに:多様化する働き方と保育ニーズの変化
近年、共働き世帯の増加に加え、非正規雇用、フリーランス、シフト勤務、テレワークなど、働き方の多様化が進んでいます。これにより、保護者の保育ニーズも、「平日の定まった時間における預かり」という従来の形から、「短時間利用」「不定期利用」「夜間・休日利用」「急な預かり」といった、より柔軟で多様なニーズへと変化しています。
待機児童問題の解消が進む地域においても、こうした多様なニーズへの対応は、新たな課題として認識されています。既存の認可保育制度が必ずしも全てのニーズをカバーできるわけではないため、自治体には地域の実情に合わせたきめ細やかな保育サービスの提供体制構築が求められています。
本稿では、多様な働き方に対応するための保育サービスの柔軟化について、自治体におけるニーズ把握の重要性、具体的な提供体制の構築方法、自治体の役割、そしていくつかの事例を通じて解説いたします。
多様な働き方が生み出す保育ニーズ
保護者の働き方の多様化は、以下のような具体的な保育ニーズを生み出しています。
- 短時間・パートタイム勤務: 認可保育所の標準時間保育・短時間保育の枠組みを超えた、より短い時間での利用や、週に数日のみの利用ニーズ。
- シフト勤務・夜間・休日勤務: 保育施設の開所時間外や、土日・祝日、夜間における預かりニーズ。
- フリーランス・自営業: 業務の繁閑に応じた不定期な利用ニーズや、自宅での業務中に子供を預けたいといったニーズ。
- 急な出張・看病・リフレッシュ: 緊急時や保護者の休息などのための一時的な預かりニーズ(一時預かり事業)。
- 子の体調不良: 子供が病気になった際の預かりニーズ(病児・病後児保育)。
これらのニーズは、従来の保育所入所(年間を通じて定まった時間利用)を主眼とした制度では捉えきれない部分が多く、待機児童統計の定義にも含まれない「隠れ待機児童」や「潜在的ニーズ」として顕在化しないこともあります。
自治体における多様なニーズ把握の重要性
多様な働き方に対応した保育サービスを提供する上で、最も重要となるのが地域における正確なニーズ把握です。単に待機児童数を把握するだけでは、潜在的な多様なニーズは見えてきません。
自治体は、以下のような方法を組み合わせて、地域の保護者がどのような働き方をしており、どのような時間帯・頻度・目的で保育サービスを必要としているのかを詳細に調査する必要があります。
- 保護者向けアンケート: 保育サービス利用申請者だけでなく、未就学児の保護者全体を対象とした働き方や保育ニーズに関する詳細なアンケート調査。
- 地域子育て支援拠点事業等でのヒアリング: 日頃から保護者と接する機会の多い子育て支援拠点や相談窓口を通じたニーズの収集。
- 企業・事業者との連携: 地域内の企業に対し、従業員の働き方や保育に関する課題について情報提供を求める。
- 保育施設等からの情報収集: 一時預かり事業を実施している施設等から、利用状況や利用者のニーズに関する情報を収集。
- 既存データの分析: 住民基本台帳、就労状況に関する統計データ、保育サービス利用申請データなどを多角的に分析。
柔軟な保育サービスの提供体制構築に向けたアプローチ
把握した多様なニーズに基づき、自治体は以下のようなアプローチを組み合わせて柔軟な保育サービスの提供体制を構築することが考えられます。
-
既存事業の拡充・見直し:
- 一時預かり事業: 対象年齢、利用時間、実施施設数を拡充し、予約システムの導入など利便性の向上を図る。緊急一時預かりの枠を設ける。
- 病児・病後児保育事業: 利用可能な施設数や受け入れ体制を強化する。
- 延長保育: 保護者の多様な勤務時間に対応できるよう、より柔軟な延長保育時間の設定や、スポット利用可能な延長保育の検討。
- 夜間保育・休日保育: 特定のニーズが高い地域や職種(医療・介護等)の従事者が多い地域を中心に、実施施設の維持・拡充を検討。
-
新たなサービスの導入・支援:
- ベビーシッター利用支援事業: 国の制度を活用し、多様なニーズに対応できるベビーシッター利用への経済的支援を実施。特に、夜間・休日や特定のイベント時の預かりニーズに対応。
- 多機能型保育施設: 保育所機能に加え、一時預かり、病児保育、地域子育て支援拠点機能などを一体的に持つ施設の整備を促進。
- 企業主導型保育事業との連携: 地域の企業主導型保育施設の空き枠活用や、従業員の多様なニーズへの対応状況に関する情報連携。
-
多様な事業主体との連携:
- 認可保育所や認定こども園に加え、幼稚園、認可外保育施設、NPO、企業、個人等、多様な主体による保育サービスの提供を促進し、それぞれの強みを活かした連携体制を構築。
-
情報提供と利用促進:
- 地域で利用可能な多様な保育サービス(一時預かり、病児保育、ベビーシッター等)に関する情報を、分かりやすく一元的に提供するポータルサイトやパンフレットの作成。
- 子育て支援拠点等での相談対応を通じて、保護者のニーズに合ったサービスを案内する体制の強化。
自治体の役割と課題
多様な働き方に対応する保育サービスの柔軟化において、自治体は中心的な役割を担います。主な役割としては、ニーズ把握、提供体制の整備、事業主体への支援(財政的支援、情報提供、研修支援)、サービスの質の確保(基準設定、指導監査)、保護者への情報提供と相談対応などが挙げられます。
しかし、これらの取り組みにはいくつかの課題も伴います。 * 財源の確保: 多様なサービスを提供するための財政的な裏付けが必要となります。 * 保育士・人材の確保: 柔軟な時間帯やサービス内容に対応できる多様なスキルを持つ人材の確保・育成が不可欠です。 * 既存制度との整合性: 認可保育所の基準や制度との整合性をどのように図るか、また、既存施設に柔軟なサービス提供へのインセンティブをどう与えるか。 * 利用調整の複雑化: 多様なサービスがある中で、利用希望者とサービスの適切なマッチングをどのように行うか。
他自治体における取り組み事例
多様な働き方への対応として、多くの自治体が以下のような取り組みを進めています(具体的な自治名ではなく、取り組みの類型としてご紹介します)。
- 一時預かり事業の拠点分散とオンライン予約システム導入: 市内複数箇所で一時預かりを実施し、スマートフォンから空き状況確認・予約・キャンセルができるシステムを導入することで、利用者の利便性を向上させている事例。
- 病児・病後児保育施設の拡充と利用費補助: 基幹病院だけでなく、地域の医療機関や保育所に併設するなどして施設数を増やし、利用しやすいように費用の一部を補助している事例。
- ベビーシッター利用支援事業の独自上乗せ補助: 国の割引券事業に加え、自治体独自の補助制度を設けることで、保護者の費用負担を軽減し利用を促進している事例。
- 多機能型施設の整備: 認可保育所、一時預かり、病児保育、子育て支援拠点が一体となった複合施設を整備し、ワンストップで多様なニーズに対応できる体制を構築している事例。
これらの事例は、自治体が地域の特性やニーズに応じて柔軟な発想でサービス提供に取り組んでいることを示しています。
まとめ:待機児童解消のその先へ
待機児童数の減少が報じられる中でも、保護者の多様な働き方に起因する潜在的な保育ニーズは依然として存在しており、その対応は喫緊の課題です。多様な働き方に対応する保育サービスの柔軟化は、単に保育の受け皿を増やすだけでなく、保護者が仕事と育児を両立しやすくし、多様なライフスタイルを支える上で不可欠な要素となります。
自治体職員の皆様におかれましては、数値データだけでなく、地域における保護者の声や実態に丁寧に耳を傾け、既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想で、地域に即した最適な保育サービスの提供体制構築に向けて取り組んでいくことが期待されます。国や他自治体の動向も注視しつつ、継続的な改善と発展を目指していくことが重要です。