早朝・夜間・一時預かり保育の現状とニーズ:データが示す多様な課題と自治体の対応戦略
はじめに
待機児童問題は依然として重要な政策課題ですが、その解消に向けた取り組みが進む中で、従来の「統計上の待機児童数」だけでは捉えきれない多様な保育ニーズが存在することが明らかになっています。特に、保護者の就労形態やライフスタイルの多様化に伴い、早朝・夜間、そして一時的な保育サービスへのニーズが高まっています。これらのニーズへの対応は、待機児童の解消だけでなく、地域の全ての子育て家庭に対する包括的な支援体制を構築する上で不可欠です。
本稿では、早朝・夜間保育および一時預かり保育の現状とニーズについて、関連データに基づき解説し、自治体職員の皆様がこれらの多様なニーズを把握し、地域の実情に応じた効果的な対応戦略を検討するための視点を提供します。
多様な保育ニーズの発生背景
保護者の働き方や家庭環境は多様化しており、従来の9時〜17時といった標準的な保育時間だけでは対応できないケースが増加しています。
- 就労形態の多様化:
- 夜間や早朝を含むシフト勤務、フレックスタイム制、非正規雇用、自営業など、従来の常勤フルタイム勤務とは異なる働き方が増加しています。
- 共働き世帯の増加により、夫婦双方の勤務時間に対応できる柔軟な保育時間が求められています。
- 突発的・一時的なニーズ:
- 保護者の病気や看護、冠婚葬祭、学校行事への参加、リフレッシュなど、一時的に保育が必要となる場合があります。
- パートタイムや短時間就労、求職活動などのために、定期的な保育サービスよりも一時的な利用を希望するケースもあります。
- 孤立・負担の軽減:
- 核家族化や地域とのつながりの希薄化により、祖父母等のサポートが得られない家庭が増加しており、一時預かりなどが保護者の育児負担軽減や孤立防止に重要な役割を果たしています。
これらの多様なニーズに対応するサービスとして、早朝・夜間保育や一時預かり保育などがあります。
早朝・夜間保育の現状と課題
早朝・夜間保育は、主に認可保育所において、標準的な開所時間外に提供される保育サービスです。
厚生労働省の「保育を取り巻く状況について」(令和5年12月)によれば、開所時間に関する状況として、2023年4月1日時点で、開所時間が11時間未満の施設は減少傾向にある一方、11時間以上の施設は増加傾向にあります。これは、長時間化する保育ニーズに対応しようとする動きを示すものといえます。しかし、早朝(7時30分以前)や夜間(18時30分以降)といった特定の時間帯への対応は、施設の種類や地域によって差が大きいのが現状です。
主な課題:
- 保育士確保: 早朝・夜間の勤務に対応できる保育士の確保が困難であり、特に夜間帯は専門性や配置基準を満たす必要があります。
- 運営コスト: 深夜加算などによる人件費の増加や、少数の児童のために施設を開所する運営コストの負担があります。
- 利用者の定着・流動性: 利用者が固定化せず、必要な時だけ利用したいというニーズが強い場合、安定的な運営が難しいことがあります。
- 安全確保: 夜間帯の送迎や施設内の安全確保は、日中とは異なる配慮が必要です。
自治体としては、運営費の補助や保育士の処遇改善支援、複数施設でのシフト連携促進など、運営事業者を支援する施策が重要となります。
一時預かり保育の現状と課題
一時預かり保育は、保護者の就労、疾病、冠婚葬祭等の理由により、家庭での保育が一時的に困難になった場合等に利用できるサービスです。提供主体は認可保育所、認定こども園、地域型保育事業、認可外保育施設など多様です。
厚生労働省の「地域児童福祉事業等調査」(令和3年度)によれば、一時預かり事業の実施箇所数や利用者数は年々増加傾向にあります。これは、多様なニーズに対するサービスの必要性が高まっていることを示唆しています。事業の種類としては、保育所等の余裕活用型、地域子育て支援拠点等における一般型、居宅訪問型などがあり、それぞれ特徴があります。
主な課題:
- 利用枠の不足: 特に都市部や特定の時間帯・曜日においては、ニーズに対して利用枠が不足している状況が見られます。
- 場所・時間の制約: 利用できる施設が限られていたり、希望する時間帯に利用できなかったりすることがあります。
- 手続きの煩雑さ: 施設ごとに利用登録や予約の方法が異なり、保護者にとって手続きが煩雑である場合があります。
- 担い手不足: 一時預かり専門の職員や、居宅訪問型における担い手の確保が課題となることがあります。
- 情報提供: 利用可能な施設や空き状況に関する情報が保護者に十分に届いていない場合があります。
自治体においては、一時預かり事業を実施する施設の拡大支援、利用予約システムの導入支援、担い手養成やマッチング支援、そして保護者への分かりやすい情報提供が求められます。
待機児童問題との関連性
早朝・夜間保育や一時預かり保育は、統計上の待機児童数を直接的に減少させる効果は限定的かもしれません。しかし、これらのサービスは広義の保育ニーズに応えることで、以下のような形で子育て支援や待機児童問題周辺の課題解決に寄与します。
- 潜在的ニーズの吸収: 定期的な保育は不要だが、一時的に保育が必要な家庭や、就労に向けて準備中の家庭のニーズに応えることで、将来的な待機児童発生の抑制につながる可能性があります。
- 保護者の就労継続支援: 既存の保育時間では対応できない就労形態の保護者が、柔軟なサービスを利用することで離職を防ぎ、就労を継続しやすくなります。
- 育児負担軽減: 保護者が休息や用事のために一時的に子どもを預けることができる環境は、精神的な負担を軽減し、虐待防止などの観点からも重要です。
- 地域における子育ての受け皿: 保育所に入所できなかった家庭や、そもそも入所を希望しない家庭に対しても、一時的な預かりや相談機能を提供することで、地域における子育ての孤立を防ぎます。
これらのサービスは、単に子どもの預け先を提供するだけでなく、地域の子育て支援システム全体の一部として機能します。
自治体における対応戦略
多様な保育ニーズに対応するため、自治体は以下の点を戦略的に検討する必要があります。
- ニーズの正確な把握:
- 地域の保護者の働き方、家族構成、子育て状況などを詳細に把握するためのアンケート調査やヒアリングを実施します。
- 既存の保育施設や子育て支援センター等と連携し、現場からのニーズ情報を収集します。
- 多様なサービスの提供体制構築:
- 早朝・夜間保育や一時預かり保育を実施する施設の数を増加させるための補助制度を検討します。
- 既存施設への委託だけでなく、地域住民やNPO法人等多様な主体との連携を図ります。
- 駅周辺や企業の近くなど、利用しやすい場所での一時預かり拠点の整備を検討します。
- 居宅訪問型一時預かりなど、家庭の状況に応じた柔軟なサービス形態の導入を支援します。
- 運営事業者への支援:
- サービス提供に伴う運営費(人件費等)への補助を拡充します。
- 早朝・夜間、一時預かりを担当する保育士等の専門性向上に向けた研修機会を提供します。
- 複数施設での連携やICTを活用した予約・管理システムの導入を支援し、運営の効率化を図ります。
- 保護者への情報提供と利用促進:
- 利用可能なサービスの種類、実施施設、利用条件、空き状況などを、ウェブサイトや広報誌、子育て支援センター等を通じて分かりやすく周知します。
- 利用登録や予約手続きの簡素化を図るよう、事業者と連携します。
- 地域の子育て支援全体との連携:
- 一時預かり事業と、地域子育て支援拠点事業、子育て短期支援事業(ショートステイ・トワイライトステイ)、ファミリー・サポート・センター事業など、他の子育て支援サービスとの連携を強化し、切れ目のない支援を提供します。
課題と展望
多様な保育ニーズへの対応を拡充していく上での課題として、安定的な財源確保、質の高い担い手の確保・育成、そして地域におけるサービス提供の偏りの是正などが挙げられます。
今後、更なる就労形態の多様化や少子化の進行に伴い、保育サービスは「必要な人が、必要な時に、必要なだけ利用できる」柔軟性と多様性が一層求められるでしょう。自治体には、統計上の待機児童数だけでなく、地域の潜在的なニーズや保護者の声に真摯に耳を傾け、既存の枠にとらわれない発想で、地域の実情に即したきめ細やかな子育て支援サービスを構築していくことが期待されます。
まとめ
早朝・夜間保育や一時預かり保育といった多様な保育サービスは、待機児童問題の周辺にある、しかし非常に重要なニーズに対応するものです。これらのサービスの拡充は、保護者の多様な働き方や生活を支え、地域の子育ての質を高める上で不可欠です。
自治体職員の皆様には、データに基づき地域の多様なニーズを正確に把握し、国や他の自治体の事例も参考にしながら、早朝・夜間保育、一時預かり保育を含む、総合的な子育て支援体制の構築に向けた戦略的な取り組みを進めていただきたいと考えます。これにより、全ての家庭が安心して子育てできる地域社会の実現に貢献できるものと確信しております。