多様化する保護者の保育ニーズの実態把握と自治体の対応戦略
はじめに
待機児童問題は、厚生労働省の発表によれば年々減少傾向にあり、解消に向けて大きな前進が見られます。しかしながら、保育サービスの供給を量的に拡大するだけでは解消できない、あるいは統計には現れにくい新たな課題が顕在化しています。その一つが、保護者の就労形態やライフスタイルの多様化に伴う、保育ニーズの質的な変化と多様化です。
本稿では、多様化する保護者の保育ニーズの実態を分析し、自治体職員の皆様が、地域の実情に合わせた効果的な子育て支援・保育施策を立案・実行するための視点を提供することを目的とします。
多様化する保護者の保育ニーズとは
保護者の保育ニーズは、従来の「常勤フルタイム就労に対応する長時間・毎日利用」という形態から大きく変化しています。具体的には、以下のようなニーズが増加しています。
- 非定型的な就労形態に伴うニーズ:
- パートタイム勤務、シフト制勤務による短時間・不規則な利用ニーズ。
- フリーランス、自営業など、勤務時間や日数が変動する就労形態に対応するニーズ。
- 夜間、休日、早朝など、通常時間帯以外の保育ニーズ。
- 一時的な保育ニーズ:
- 保護者の病気、冠婚葬祭、リフレッシュ、就職活動、職業訓練などのための数時間〜数日程度の利用ニーズ(一時預かり)。
- 他のきょうだいの学校行事や通院等に伴う利用ニーズ。
- 特定の状況下でのニーズ:
- 病気回復期にある子どものための病児・病後児保育ニーズ。
- 多胎児家庭、障害のある子どもを育てる家庭における特別な支援ニーズ(居宅訪問型保育など)。
- ひとり親家庭や困難を抱える家庭における、よりきめ細やかな支援と連携を含むニーズ。
- 地域における子育て支援ニーズ:
- 保護者同士の情報交換や交流、専門家への相談、育児不安の解消といった、保育施設以外の場(地域子育て支援拠点など)へのニーズ。
これらの多様なニーズは、必ずしも「特定の施設に毎日預けられない」という統計上の待機児童にはカウントされません。しかし、必要なときに必要な保育・支援が受けられない状況は、保護者の就労継続や心身の健康に影響を与え、結果的に安心して子育てができる環境の実現を妨げる要因となります。
自治体における多様なニーズの実態把握の重要性
多様なニーズに対応するためには、まず地域におけるニーズの具体的な実態を正確に把握することが不可欠です。待機児童数や入所申込状況といった既存の統計データに加え、以下のような方法による多角的な情報収集と分析が求められます。
- 保育施設や地域子育て支援拠点からの情報収集: 現場職員からのヒアリングや報告を通じて、保護者から寄せられる多様な要望や相談内容を把握します。
- 保護者へのアンケート調査: 就労形態、希望する保育時間・日数、利用したいサービスの種類(一時預かり、病児保育など)やその頻度、既存サービスの認知度や利用に関する障壁などについて、網羅的かつ定量的に調査します。
- 相談窓口等への相談内容分析: 子育て支援センター、子ども家庭支援センター、保育コンシェルジュ等の相談窓口に寄せられる相談データを分析し、顕在化しているが統計には現れないニーズを把握します。
- 地域特性の分析: 産業構造(製造業が多いかサービス業が多いか、等)、交通利便性、住民構成(単身世帯が多いかファミリー世帯が多いか、等)といった地域特性が、保育ニーズの構造に与える影響を分析します。
これらの情報から、「特定の時間帯のニーズが高い」「一時預かりの利用希望者が多いが施設が少ない」「病児保育施設までのアクセスが困難な地域がある」といった具体的な課題を特定することができます。
多様なニーズへの対応戦略
把握した多様なニーズに基づき、自治体は以下のような多角的な視点から対応戦略を構築する必要があります。
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供給側のサービスの多様化・柔軟化:
- 一時預かり事業の拡充: 提供施設の増加、利用要件の緩和、予約システムの改善など。
- 病児・病後児保育施設の整備促進: 既存施設への併設や単独施設の設置、ベビーシッター派遣事業との連携など。
- 短時間保育や非定型保育への対応: 既存の保育施設における柔軟な時間設定やスポット利用枠の導入支援。
- 居宅訪問型保育等の活用: 多胎児家庭や医療的ケア児等、集団保育が難しい子どもへの対応。
- 地域子育て支援拠点の機能強化: 相談機能、交流機能、情報提供機能に加え、一時預かり機能の一部を持たせるなど。
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地域における連携強化:
- 保育施設間の連携: 特定の施設で対応できないニーズについて、他の施設やサービスを紹介・連携するネットワークの構築。
- 医療機関、企業等との連携: 病児保育における医療機関との連携、企業内保育施設やベビーシッター割引等事業との連携促進。
- 小学校、放課後児童クラブ等との接続: 小学校入学後の「小1の壁」解消に向けた連携強化。
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情報提供と相談支援の強化:
- ワンストップでの情報提供: 自治体が提供する多様な保育サービスや子育て支援に関する情報を、まとめて分かりやすく提供するウェブサイトやパンフレットの整備。
- 保育コンシェルジュ機能の強化: 個別の家庭の状況やニーズに応じた最適なサービスを提案・紹介できる専門人材の配置。
- 相談しやすい環境整備: 電話、オンライン、対面など多様なチャネルでの相談体制の構築。
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保育人材の確保と定着支援:
- 多様な保育サービスを提供するためには、質の高い保育人材が不可欠です。保育士の処遇改善に加え、一時預かりや病児保育等、専門性の高い分野の担い手育成や、多様な働き方に対応できる人材確保に向けた支援も重要となります。
課題と展望
多様なニーズへの対応には、財源の確保、保育士等の人材不足、施設整備用地の確保、住民への周知徹底など、様々な課題が伴います。また、ニーズは常に変化するため、一度対応策を講じれば終わりではなく、継続的な実態把握とPDCAサイクルに基づいた施策の見直しが必要です。
今後は、デジタル技術の活用による情報提供や予約システムの効率化、地域住民やNPO等との協働、国の新たな子育て支援策との連携などを通じて、よりきめ細やかで多様なニーズに対応できる子育て支援体制を構築していくことが自治体には求められます。
まとめ
待機児童問題の量的解消が進む一方で、保護者の多様な保育ニーズへの対応は、現代の子育て支援における重要な課題となっています。自治体職員の皆様には、統計データに現れない潜在的なニーズも含め、地域の実情を多角的に把握し、一時預かり、病児保育、地域子育て支援など、多様なサービスを組み合わせた戦略的なアプローチを進めていただくことが期待されます。これは、待機児童を解消するだけでなく、全ての家庭が安心して子育てできる環境を実現するために不可欠な取り組みです。