災害・感染症等危機発生時における保育サービスの継続性:待機児童問題への潜在的影響と自治体の危機管理計画
はじめに
近年の自然災害の頻発化や感染症の流行といった外部環境の変化は、社会機能の維持にとって重要な保育サービス提供体制に大きな影響を与えています。待機児童問題が依然として重要な課題である地域においては、危機発生時の保育サービスの継続性確保は、単に子どもの安全確保だけでなく、保護者の就労継続支援ひいては地域経済の安定にも直結する喫緊の課題です。本稿では、危機発生時における保育サービス継続性の課題、それが待機児童問題に与えうる潜在的な影響、そして自治体における危機管理計画(BCP:事業継続計画)の策定と実行の重要性について解説いたします。
危機発生時における保育サービス提供の現状と課題
地震、台風、集中豪雨などの自然災害や、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックが発生した場合、保育施設は様々なリスクに直面します。
主な課題として、以下のような点が挙げられます。
- 施設・設備の損壊: 建物の損壊や浸水、ライフラインの停止などにより、施設の物理的な利用が困難になる場合があります。
- 職員の確保: 職員自身が被災したり、交通網の寸断により出勤が不可能になったりすることで、必要な保育士等の確保が困難になります。
- 子どもの安全確保: 避難場所の確保、備蓄品の準備、安全な送迎手段の確保などが課題となります。
- 感染拡大リスク: 感染症流行時には、施設内での感染拡大防止策、濃厚接触者の対応、休園判断などが求められます。
- ニーズの急増: 医療従事者や防災関係者といったエッセンシャルワーカーの子どもたちの受け入れニーズが緊急かつ優先的に発生する可能性があります。
- 情報共有と連携: 国、都道府県、他自治体、関係機関、保護者との間の迅速かつ正確な情報共有体制の構築が必要です。
これらの課題により、既存の保育サービスが停止・縮小される事態が発生し、保護者の就労に支障をきたすだけでなく、緊急時に保育を必要とする家庭への対応が困難になるという状況が生じます。
待機児童問題への潜在的影響
危機発生による保育サービスの停止・縮小は、表面的な待機児童統計には即座に反映されないものの、以下のような潜在的な影響を待機児童問題に与える可能性があります。
- 緊急的な保育ニーズの顕在化: 平常時には表面化しない、エッセンシャルワーカー等による緊急性の高い保育ニーズが発生します。これは、危機発生時における新たな「待機児童」とも言える状況を生み出します。
- 復旧・復興過程でのニーズ増加: 被災した施設が復旧するまでの間、代替施設への入所ニーズが発生します。また、被災地域の復興に伴い、一時的に移住した住民が戻ることで、再度保育ニーズが増加する可能性があります。
- 保護者の離職・休業: 危機発生時の保育施設利用困難が長期化した場合、保護者がキャリア継続を断念せざるを得なくなる可能性があります。これは、潜在的な保育ニーズを持つ層が統計から見えなくなることにつながりかねません。
- 既存の利用調整の混乱: 危機発生前の利用調整結果が維持できなくなる場合があり、再度の利用調整が必要となります。これは、自治体職員の業務負担を増加させるだけでなく、保護者の不確実性を高めます。
これらの影響は、平時の待機児童対策の成果を損なう可能性を秘めており、危機管理の視点を持つことが待機児童問題の持続的な解決にとって不可欠であることを示唆しています。
自治体における危機管理計画(BCP)の策定と実行
保育サービスの継続性を確保するためには、自治体における計画的かつ具体的な取り組みが必要です。国も、保育所における業務継続計画(BCP)の策定を推奨し、手引きや様式を提供しています。
自治体は、以下の点を盛り込んだ危機管理計画(BCP)の策定または既存計画の見直しを進めることが重要です。
- リスク評価と優先順位付け: 想定される危機(地震、洪水、感染症など)の種類ごとに、施設への影響、職員への影響、地域社会への影響などを評価し、優先して継続・復旧させるべき保育サービスや機能を明確化します。
- 体制構築: 緊急時対策本部や情報連絡体制、職員の安否確認・動員計画などを具体的に定めます。代替要員の確保や、他の部署からの応援体制なども検討します。
- 代替手段の確保: 施設が利用できなくなった場合の代替施設(地域の公民館、学校、他の保育施設など)や、居宅訪問型保育、ベビーシッター利用支援などの代替サービス活用の可能性を検討し、関係機関との協定や連携体制を構築します。
- 備蓄と訓練: 食料、水、衛生用品、非常用電源などの備蓄計画を策定し、定期的に点検・更新します。また、職員向けの危機対応研修や避難訓練などを実施し、計画の実効性を高めます。
- 情報共有と連絡体制: 保護者や関係機関への情報伝達手段(ウェブサイト、メール、SNS、電話など)を確保し、緊急連絡先リストを整備します。
- 連携強化: 他自治体との広域連携、地域の医療機関、社会福祉協議会、企業などとの連携協定を締結し、相互支援の体制を構築します。
- 復旧計画: 危機収束後のサービスの早期復旧に向けた具体的な手順や担当部署を定めます。
これらの計画は、策定するだけでなく、職員への周知、定期的な訓練、そして社会情勢の変化に応じた見直しを行うことが極めて重要です。
課題と展望
危機管理計画の策定・実行においては、以下のような課題が存在します。
- 策定・見直しの負担: 専門知識や時間を要するため、自治体職員の負担が大きいという側面があります。
- 財源確保: 施設改修、備蓄品の購入、代替施設の確保などには一定の費用が発生します。
- 実効性の確保: 計画が絵に描いた餅とならないよう、職員研修や訓練を継続的に実施する必要があります。
- 多様な危機への対応: 想定外の危機発生や、複数の危機が複合的に発生する可能性も考慮する必要があります。
これらの課題に対し、国や都道府県による技術的・財政的支援の活用、他自治体の先進事例の研究、地域住民や企業との連携促進などが有効なアプローチとなります。
危機管理の視点は、単にリスクに備えるだけでなく、平時における地域の子育て支援体制全体のレジリエンス(回復力)を高めることにも繋がります。例えば、代替施設の候補となりうる場所を日頃から地域の子育て拠点として活用したり、連携協定を結んだ他機関との関係性を平時から構築したりすることは、待機児童解消後の持続可能なサービス提供体制の構築にも資すると考えられます。
まとめ
自然災害や感染症拡大といった危機発生は、保育サービスの継続性を脅かし、待機児童問題に新たな側面から影響を与える可能性があります。自治体においては、予期せぬ事態においても必要な保育サービスを提供し続けられるよう、危機管理計画(BCP)の策定と実効性の確保に継続的に取り組むことが不可欠です。これは、子どもの安全と保護者の就労継続を支えるだけでなく、待機児童問題の真の意味での解消と、地域の子育て支援体制全体の強化に繋がる重要な取り組みと言えます。自治体職員の皆様におかれましては、平時からの備えを強化し、あらゆる事態に対応できる強靭な保育サービス提供体制の構築を目指されることを期待いたします。