地域人材の活用による待機児童対策:保育士OB・OG等に着目した可能性と自治体の役割
はじめに
待機児童問題は、依然として多くの自治体にとって重要な課題であり続けています。施設整備や保育士確保は対策の柱ですが、これらの取り組みには限界や時間を要する場合があります。近年、新たな視点として、地域に存在する多様な人材を保育や子育て支援の担い手として活用することへの関心が高まっています。本稿では、地域人材活用の可能性に着目し、特に保育士OB・OGや子育て経験者といった潜在的な担い手が待機児童対策にどのように貢献できるか、そして自治体が果たすべき役割について考察します。
地域人材活用の意義と潜在力
待機児童問題の根本には、保育サービスの提供量と需要のミスマッチに加え、保育士を含む人材の不足が挙げられます。厚生労働省の調査等からも、保育士資格を持ちながら保育現場で働いていない「潜在保育士」が多数存在することが示唆されています。また、豊富な子育て経験を持つ地域住民や、保育士資格はなくても子育て支援に関心のある方も多くいらっしゃいます。
これらの地域人材を有効に活用することは、待機児童対策において以下のような意義を持ちます。
- 人材不足の緩和: 保育士の補助業務や、保育所以外の子育て支援サービス(一時預かり、地域子育て支援拠点など)の担い手として活用することで、正規保育士の負担を軽減し、サービスの提供体制を強化できます。
- 多様なニーズへの対応: 保護者の就労形態や子どもの特性に応じた多様な保育・子育て支援ニーズに対し、柔軟な時間設定や個別対応が可能なサービス提供に繋がります。地域住民によるきめ細やかな支援は、地域の子育て力の向上にも寄与します。
- 地域との連携強化: 地域住民が保育や子育て支援に関わることで、保育施設が地域に開かれた存在となり、地域全体で子どもを育む環境づくりが進みます。
地域人材活用の具体的な形態
地域人材が貢献できる領域は多岐にわたります。
- 保育所等における保育補助者: 保育士の指示のもと、子どもの見守り、遊びの補助、食事やおむつ交換の補助、環境整備などを行います。保育士資格の有無にかかわらず、一定の研修を受けることで従事可能です。
- 一時預かり事業の担い手: 保護者のリフレッシュや急用に対応する一時預かり事業において、専従の職員として、または補助者として関わります。
- 地域子育て支援拠点事業のスタッフ: 親子の交流の場である地域子育て支援拠点において、利用者への声かけ、相談対応、イベント企画・運営などを担います。子育て経験が活かされる場面です。
- 放課後児童クラブの補助員: 学童保育において、子どもの安全確保や遊びの指導を行います。
- 地域の見守り・送迎支援: 保育施設と連携し、通園時の見守りや送迎サポートを行います。
- 子育て支援ボランティア: NPOや地域団体などが実施する子育てサロン、交流イベント、訪問支援などで活動します。
これらの形態のうち、待機児童対策に直接的に寄与するのは、主に保育所等での保育補助者や、待機児童の受け皿にもなりうる一時預かり事業などの担い手としての活用です。
地域人材活用における課題
地域人材の活用を進める上では、いくつかの課題が存在します。
- 必要な知識・技能の確保: 保育補助者や子育て支援の担い手として活動するためには、子どもの安全確保や発達に関する基礎知識が必要です。資格要件の有無にかかわらず、適切な研修機会の提供が求められます。
- 担い手の確保とマッチング: 子育て経験者や潜在保育士に情報を届け、活動に関心を持ってもらい、ニーズとのマッチングを行う仕組みづくりが必要です。
- 安全管理と責任体制: 子どもの安全を確保するための体制整備、事故発生時の対応、保険加入などが重要です。
- 活動条件の整備: 有償での活動の場合、適切な報酬設定や勤務条件の整備が必要です。ボランティアの場合も、交通費等の実費弁償や活動への動機付けが課題となります。
- 潜在人材の掘り起こし: 保育士資格を持ちながら現場を離れている方々に対し、再就職への不安軽減やブランクを埋めるための支援が必要です。
自治体が果たすべき役割
地域人材の活用を効果的に推進するためには、自治体の主導的な役割が不可欠です。
- 実態把握とニーズ分析: 地域内にどのような潜在的な担い手(潜在保育士数、子育て経験者数など)がどの程度存在し、どのような活動に関心があるかを把握します。同時に、保育施設や保護者の側からの人材ニーズ(補助者、一時預かりなど)を具体的に把握します。
- 研修プログラムの提供: 保育補助者養成研修や、子育て支援に関する基礎研修など、担い手が必要な知識・技能を習得できる研修プログラムを企画・実施します。 e-ラーニングの活用なども有効です。
- マッチング機能の強化: 人材バンクの設置・運営や、オンラインプラットフォームの活用により、担い手とニーズを繋ぐ仕組みを構築します。ハローワークや地域のNPO、社会福祉協議会等との連携も重要です。
- 活動環境の整備:
- 安全管理マニュアルの作成・周知、保険加入(ボランティア保険、賠償責任保険等)の推奨・支援を行います。
- 有償活動の場合の報酬ガイドラインの策定や、雇用形態に関する情報提供を行います。
- 潜在保育士向けには、ブランク解消のための研修や、短時間勤務・補助業務からのステップアップ支援などを検討します。
- 普及啓発と情報提供: 地域住民に対し、保育・子育て支援の担い手としての活動の意義や、具体的な活動内容、研修・支援制度に関する情報提供を積極的に行います。
- 地域連携体制の構築: 保育施設、地域の子育て支援団体、NPO、社会福祉協議会、民生委員・児童委員など、様々な主体との連携体制を構築し、地域全体で人材を育成・活用する仕組みを整備します。
- 先進事例の調査研究と導入: 他自治体における地域人材活用の成功事例(例:特定の研修プログラム、独自の登録制度、NPOとの協働事業など)を調査し、自地域に適した形で導入を検討します。
まとめ
待機児童問題の解消には、従来の施策に加え、地域に潜在する多様な人材の力を最大限に引き出す視点が重要です。保育士OB・OGや子育て経験者といった地域人材は、保育現場の負担軽減や多様な子育て支援サービスの提供において大きな可能性を秘めています。
自治体は、これらの人材を円滑に活用するための実態把握、研修提供、マッチング支援、活動環境整備、そして関係機関との連携といった包括的な取り組みを推進する必要があります。地域人材の活用は、単に待機児童対策に貢献するだけでなく、地域全体の子育て支援力の向上と地域コミュニティの活性化にも繋がる取り組みと言えます。各自治体の状況に応じた柔軟な発想と具体的な施策の展開が期待されます。