データで見る病児・病後児保育のニーズと待機児童問題への寄与:自治体における提供体制構築の視点
はじめに
待機児童問題は、依然として多くの自治体にとって重要な地域課題の一つです。この問題へのアプローチは多岐にわたりますが、直接的な保育施設の拡充に加え、保護者が安心して子育てと就労を両立できる環境を整備することも間接的ながら有効な対策となり得ます。その一環として注目されるのが、病児・病後児保育サービスの提供です。
本稿では、病児・病後児保育の現状と保護者のニーズをデータに基づき分析し、それが待機児童問題にいかに寄与しうるか、そして自治体がその提供体制を構築・拡充する上でどのような課題があるのかについて解説いたします。自治体職員の皆様が、地域の実情に合わせた子育て支援施策を検討される際の参考となれば幸いです。
病児・病後児保育の現状と保護者のニーズ
病児・病後児保育とは、保護者の就労等により、病気や回復期にあるお子様の保育が困難な場合に、一時的に預かるサービスです。主に専用施設、医療機関併設型、保育所併設型、居宅訪問型などの形態があります。
厚生労働省の調査によれば、病児保育事業および病後児保育事業の実施箇所数は年々増加傾向にありますが、依然として都市部と地方部、さらには自治体間でのサービス提供状況に差が見られます。サービスが提供されていない地域や、提供されていても利用できる時間帯や日数に限りがあるといった状況が存在します。
保護者にとって、子どもが病気になった際に利用できる病児・病後児保育の存在は、就労継続のために極めて重要です。内閣府の調査などによれば、「子どもの病気」は女性の離職理由の一つとして挙げられることもあり、安心して預けられる場所があることが、特に育児休業からの復帰や、非正規雇用から正規雇用への転換を考える保護者にとって大きな支えとなります。サービス利用のニーズは潜在的に高いと考えられますが、認知度不足、利用手続きの煩雑さ、費用負担、そして何よりも「予約が取れない」といった課題が、実際の利用を阻む要因となっています。
待機児童問題への間接的な寄与
病児・病後児保育は、待機児童の解消に直接的に作用するものではありません。しかし、保護者が子どもの病気を理由に離職や働き方の変更を余儀なくされる状況を減らすことで、間接的に労働力の維持・確保に貢献します。
- 離職の抑制: 子どもが病気になった際に利用できる代替手段がない場合、保護者は仕事を休むか、最悪の場合は離職を選択せざるを得なくなります。病児・病後児保育が機能することで、このような事態を防ぎ、保護者の就労継続を支援します。これは、育児休業明けの早期復帰を後押しし、結果として保育ニーズの発生タイミングにも影響を与えうる要素です。
- 働き方の安定化: 急な子どもの発熱等に柔軟に対応できるサービスがあることは、保護者がパートタイムからフルタイムへの移行を検討したり、より責任のある業務に就いたりすることを可能にします。これにより、保護者の経済的基盤が安定し、結果的に地域経済の活性化にも繋がる可能性があります。
このように、病児・病後児保育は、待機児童対策そのものというよりは、保護者の就労支援と子育ての両立支援を強化する施策であり、これが総合的な子育て支援環境の質の向上を通じて、間接的に待機児童問題の緩和に寄与するという位置づけであると言えます。
自治体における提供体制構築の課題
病児・病後児保育サービスの安定的かつ効果的な提供体制を構築するためには、いくつかの課題があります。
- 財源の確保: 施設整備費、運営費、専門職員の人件費など、病児・病後児保育の運営には相応のコストがかかります。国の補助事業等を活用しつつも、自治体独自の財源確保や予算配分が求められます。
- 専門人材の確保と定着: 病気の子どものケアには、看護師や保育士といった専門的な知識と経験を持つ人材が必要です。特に、病状の判断や急変時の対応が求められるため、医療機関との連携や、質の高い人材を確保・育成・定着させるための支援策が重要となります。
- ニーズの正確な把握とサービス形態の選択: 地域によって、共働き世帯の状況、医療資源の配置、交通アクセスなどが異なります。対象となる子どもの年齢層、利用時間帯、施設の場所、居宅訪問型の必要性など、地域の実情に応じたニーズを正確に把握し、最適なサービス形態を選択・組み合わせて提供する必要があります。アンケート調査、ヒアリング、既存事業の利用状況分析などが有効です。
- 利用者のアクセシビリティ向上: サービスの認知度向上に加え、利用予約システムの導入による手続きの簡素化、利用料への補助、交通手段の確保支援など、保護者がサービスを利用しやすい環境を整備することが重要です。特に、急な体調変化に対応するため、当日予約への対応や、複数の事業所での連携による受け入れ先の確保などが課題となります。
- 他事業との連携強化: 一時預かり事業、ファミリー・サポート・センター、さらには地域の医療機関やかかりつけ医との連携を強化することで、より包括的な子育て支援ネットワークの中に病児・病後児保育を位置づけることが可能になります。これにより、保護者は状況に応じて適切なサービスを選択できるようになり、支援の切れ目をなくすことに繋がります。
今後の展望と自治体の役割
待機児童問題の解消に向けては、保育施設の量的な拡充はもちろんのこと、保護者の多様な働き方や子育ての困難さに寄り添う総合的な支援策が不可欠です。病児・病後児保育は、その「かゆいところに手が届く」サービスとして、保護者の就労継続を支え、ひいては地域の子育て環境全体の安心感を高める重要な役割を担います。
自治体には、単に施設数を増やすだけでなく、地域全体の保育ニーズや保護者の働き方の変化を見据え、病児・病後児保育を含む多様な子育て支援サービスを戦略的に位置づけ、計画的に整備・運営していくことが求められます。ニーズ調査に基づいたきめ細やかな提供体制の構築、専門人材の確保・育成、財源の効率的な活用、そして保護者への丁寧な情報提供とアクセス支援が、持続可能なサービス提供の鍵となります。
データに基づき現状とニーズを分析し、他自治体の先進事例等も参考にしながら、地域の実情に即した病児・病後児保育サービスのあり方を検討していくことが、自治体の重要な役割と言えるでしょう。
まとめ
病児・病後児保育は、待機児童問題の直接的な解決策ではありませんが、保護者の就労継続を強力にサポートし、安心できる子育て環境を整備する上で不可欠なサービスです。これは結果として、労働力供給の維持・向上に繋がり、間接的に待機児童問題の緩和に寄与しうるものです。
自治体におかれましては、病児・病後児保育を待機児童対策を含む総合的な子育て支援施策の一環として捉え、地域の実情に応じたニーズ分析に基づき、財源、人材、アクセシビリティといった課題を克服しながら、質の高いサービス提供体制を構築・拡充していくことが求められます。
今後も、病児・病後児保育事業の利用状況や保護者のニーズに関するデータを継続的に分析し、より効果的な施策の検討に役立てていくことが重要です。